和気藹々

横浜芸者とは

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横浜芸者の歴史

かつて、横浜には花街がありました。

芸者さんが人力車に乗り、お座敷へ向かう風景。
姐さんに連れられて歩く半玉さん達。

街からは、三味線の音や歌声・笑い声が絶えなかった華やかな風情が、そこには確かに存在しておりました。

昭和30年代の横浜日本橋芸妓屋組合の名簿には、52件の置屋があることが分かっています。

この数字から、当時は大変活気のある花街であったことが伺えます。

神奈川では、鶴見や綱島温泉などの数か所が三業地として栄えました。

名立たる政治家や文人墨客などがわざわざ東京から通ったと言われています。

それ程に、横浜芸者は他の花街と張り合える程の美人揃い・芸達者で有名だったのです。

当時は「浜をどり」も開催されており、横浜の芸者衆が揃って芸を披露しました。

芸に対しての志も、強い街であったようです。

浜をどりの際には大勢の人々で賑わい、毎回大盛況であったそうです。

しかし、時代の流れと共に横浜花柳界は少しずつ衰退してしまいます。

料亭が減っていくと必然とお座敷も減っていき、ついに20年前には横浜芸者は一人もいなくなってしまったのです。

横浜芸者20年ぶりの復活!

そして平成29年4月、約20年ぶりに横浜芸者が復活いたしました。
たくさんの情報を元に、横浜が生んだ曲の復元、花柳界はもちろん横浜の更なる繁栄を願い、日々つとめております。

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